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札幌地方裁判所 昭和31年(ワ)617号 判決

原告 山本千恵子

被告 錦古里長

主文

被告は原告に対し金十二万五千円およびこれに対する昭和三十一年六月五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告は自動車修理業を営むものであるところ、昭和三十一年六月五日午後二時頃原告が夕張郡栗山町三区所在白光堂楽器店前路上において折から火災報知のサイレンが吹鳴されていたため自転車より降りて立ち止まつていた際、被告の子で被告の業務に従事していた訴外錦古里省治が側車付自動二輪車(札と〇〇一九号)を操縦して驀進しきたり、同所は曲角であるから速度をゆるめかつ前方および側方を警戒する等の注意義務があるのにかかわらず、漫然これを怠つたため原告の自転車に衝突して原告をはね飛した。このため原告は同店舗のウインドおよびコンクリート建造物に激突して脳内出血および全身打撲擦過創の傷害を蒙つて人事不省に陥入つた。

二、原告は、右事故のため事故発生の当日から同年七月八日まで入院加療したが現在に至るも全治しない。原告は現在二十五年の未婚女子であつて岩見沢市の石炭販売会社に事務員として勤務していたが、本件事故のため常時頭部に鈍痛を感ずるようになつて勤務に堪えられなくなり止むなく休職して療養中であるが復職の可能性はなく、まして他へ再就職する見込は全くない。また、原告の父訴外山本静一(五十八年)は神経痛のため稼働できず、原告は弟妹と協力して一家の生計を支えている状態である。

三、よつて原告は被告に対し、原告の入院中の医療費を除くその余の損害金二万五千円および原告の精神的苦痛に対する慰藉料として金十万円、合計金十二万五千円の損害賠償と、これに対する本件事故発生の日より支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

と陳述し、右主張に反する被告主張の事実を否認すると述べ、さらに、

被告は、訴外錦古里省治の本件車輛の運搬行為は消防団員として上司の命による行為であつて被告の従業員としての行為ではないと主張するが、右主張は失当である。すなわち、昭和三十一年六月五日午後一時半頃夕張郡栗山町消防団本部において同本部副団長の訴外知久精六は、予てから被告方に修理を依頼してあつた本件車輛の修理が完了している旨の報告を受けていたので、これを三十分後に同本部へ届けるよう被告に連絡すべきことを同本部常備部長訴外長谷川清松に命じた。訴外長谷川は直ちに被告に右の旨を電話をもつて連絡したので、被告は被告の業務に従事している子の訴外錦古里省治に対して右車輛を消防本部へ運搬するよう命じた。そこで訴外錦古里は側車付自動二輪車の免許証を有しないのにかかわらずこれを操縦して消防団本部に向かつた。ところが訴外長谷川が被告に対し前述の電話連絡をしてから五分程経過して後右消防本部に火災通報が連絡されて直ちに火災報知のサイレンが吹鳴され、指揮官である訴外知久は先頭の消防車に座乗して栗山町駅前通を通つて火災現場に急行した。その直後同じ駅前通を訴外錦古里が本件車輛を操縦して逆に消防本部に向つて進行中前述の如く本件事故を惹起したものである。したがつて訴外錦古里は消防団員であり、火災の際には消防本部か若しくは火災現場へ赴くべき職務上の義務を負う者ではあるけれども、本件の場合にあつては、火災報知のサイレンが吹鳴される以前になされた修理車輛を注文者へ届けるという被告の従業員としての行為であるから、被告は使用者としての責任を免かれない。なお、訴外錦古里は当時消防帽および消防服を着用せず、作業衣のままであつた。次に、被告は原告にも過失があつたと主張するが、原告は白光堂のウインドに接着して退避していたから右主張も失当である。と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、請求の原因第一項は訴外錦古里に過失があつたとの点および同訴外人の本件車輛の運搬行為が被告の業務の執行に属するとの点を否認しその余を認める、第二項は争わない、第三項は否認すると陳述し、さらに、(一)本件事故発生当時訴外錦古里は時速二十粁の速度で警笛を吹鳴して本件車輛を操縦していた。しかして同車輛は赤塗の消防車であり、当時火災報知のサイレンが吹鳴されていたので消防団員である同訴外人は原告が退避してくれるものと信じて前述の如く徐行していたのであるから、同訴外人に過失はない。(二)仮りに同訴外人に原告主張の如き過失があつたとしても、同訴外人は消防団員として上司の命により本件車輛を被告の工場より消防本部まで運搬したものであるから、このような場合には同訴外人に責任はないというべきである。(三)仮りに右主張が理由がないとしても、前述の如く同訴外人の本件車輛の運搬行為は消防団員として上司の命による行為であつて、被告の従業員としての行為ではないから、被告に責任が及ぶ筈がない。(四)仮りに右主張がいずれも理由がないとしても、本件事故は原告が充分に退避しなかつたことの過失にも起因するから、損害額の算定につきその点が斟酌されるべきであると抗争した。(立証省略)

理由

原告が本訴請求の原因として主張する事実中、訴外錦古里の過失の点、同訴外人の本件車輛の運搬行為が被告の業務の執行に属するとの点および損害額の点を除きその余の事実については当事者間に争がない。

よつて先ず同訴外人の過失の有無について検討するに、証人萩田司、同錦古里省治の証言、原告本人尋問の結果および検証の結果を綜合すると、昭和三十一年六月五日午後二時頃訴外錦古里は本件車輛を操従して夕張郡栗山町の角田より栗山駅に通ずる幅員およそ九米の国道を栗山駅方向に向つて進行し、右国道と同町小学校に至る幅員およそ八・八米の町道と交叉する丁字路において左折したが、同訴外人が右車輛の操縦に不馴であつたのと、予め左折するに適当な程度にまで速度をゆるめていなかつたこととにより同車輛の左側が空に浮くような状態になり、急きよハンドルを右に切つた上急ブレーキをかけたが及ばずして操縦の安定を欠いた結果、折柄火災報知のサイレンが吹鳴されて消防車が一台通過した直後であるので右丁字路の北東角に所在する同町三区白光堂薬器店の西側ウインドに近接して自転車より降りて退避していた原告と衝突し、よつて本件事故を発生せしめたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。しかして右事実によれば、かかる場合同訴外人としては速度をゆるめ、かつ前方および側方を充分に注視して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものというべきであるから、本件事故は同訴外人が右の注意義務に違背した結果惹起されたものと認める外はない。したがつてこれに反する被告の主張は採用できない。

次に、同訴外人の本件車輛の運搬行為が被告の事業の執行に属するか否かについては案ずるに、証人知久精六、同長谷川清松、同錦古里省治の各証言を綜合すると、被告は七年程前より栗山町において自動車修理業を営むものであり、同訴外人は五年程前より被告経営の工場において被告の事業に従事していたものであるが、本件事故発生当日の午後一時半頃、被告は、予て栗山町消防本部より修理を依頼され既に完成してその引取方を催告してあつた本件車輛を、約十分後に同本部に届けるよう電話連絡を受けたので直ちに同訴外人に本件車輛の運搬を命じたところ、その後間もなく同町附近に火災が発生して火災報知のサイレンが吹鳴され、消防車が被告方居宅の前を通過したので、同訴外人は至急本件車輛を同本部に届けるべくこれを操縦したものであることが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。右事実によれば同訴外人の本件車輛の運搬行為は、消防団員としての行為ではなくして被告の事業の執行に属するものと認めるのが相当であり、また、民法第七百十五条のいわゆる被用者とは報酬の有無、期間の長短を問はず、広く使用者の責任に因りその指揮監督の下に使用者の経営する事業に従事する者を指すと考えられるから、本件の同訴外人の右行為はまさしく被告の被用者としてその事業の執行中の行為と解すべく、このことは被告と同訴外人とが父子の関係にあることによつて何らの差異をも生じない。したがつて同訴外人の行為が被告の事業の執行に属しないことを前提とする被告の主張はすべて採用することができない。

そこで進んで損害額の点について考えるに、原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故によつて蒙つた傷害の治療のため入院中諸雑費として約金三万円を支出したことが認められるから、その範囲内の金二万五千円の請求は正当である。また、原告が本件事故によつて精神的打撃を蒙つた諸事情については当事者間に争がなく、原告本人尋問の結果によると、被告は原告の入院中見舞金として金一万円およびその他果物等を提供して度々原告を慰藉した事実が認められるので、これ等の諸事情から考えると原告の蒙つた精神的苦痛を強いて金銭に換算するとすればさらに金十万円をもつて慰藉されるのが相当と認められる。なお、被告は、原告の退避の仕方が充分でなかつたことも本件事故発生の一因であるから過失相殺されるべきであると主張し、証人錦古里省治は一応これに符合する供述をしているが、右供述部分は証人萩田司の証言、原告本人尋問の結果および検証の結果に照して措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠がないから右主張は採用できない。

果してそうだとすると、被告は同訴外人の使用者として原告に対し金十二万五千円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和三十一年六月五日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから原告の本訴請求はすべて正当として認容すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用した上、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

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